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東京高等裁判所 昭和51年(く)130号 決定

少年 N・H(昭三六・六・二一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人N・I、同N・E子が連名で提出した抗告申立書によれば、抗告人らは本件抗告申立の理由として、家庭裁判所調査官の調査に強要、誘導があり、審判も懇切、なごやかに行なわれなかつたから、右は憲法三八条二項、少年法二二条一項に違反し、原決定に影響を及ぼす旨主張するが、当審における事実調の結果に徴すれば、右所論は、要するに、家庭裁判所調査官も裁判官も、調査、審判の段階で、少年の保護者である抗告人(特に父N・I)をよく納得させることもなく、短時間の審判で、いきなり少年を初等少年院に送致したのは不服である、というに尽きる。

しかし、一件記録によれば、家庭裁判所調査官及び原決定裁判官が、調査、審判に当たつて、少年の精操の保護に心がけ、少年及び保護者である抗告人らの信頼を受けるように努めたことは優に推認できる。

もとより、調査、審判の段階で少年及び保護者に当該処分を納得させることは、少年の保護育成上有意義であり、且つ望ましいことではあろうが、たまたま保護者等が該処分を納得しないからといつて、その調査、審判が違反となるものではない。

初等少年院退院後の少年の余後を心配する保護者の心情には同情できるけれども、審判廷における審判の時間の長短は、非行事実の数と証拠、少年の要保護性等により、おのずと異なつてくるものであつて、審判調書及び当審の事実取調に照らせば、原決定裁判官の審判が時間の面で特に短かすぎたとも認められず、この点においても審判の適法は毫も存しない。

その他、記録に鑑みれば、原決定が詳細に説示すると同一の理由により、原裁判所が少年を初等少年院に送致したのは、まことに相当であつて、その処分に著しい不当は見出せない。

結局、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条に則り、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 相沢正重 裁判官 大前邦道 油田弘佑)

参考 原審決定(水戸家 昭五〇少一〇九四号・昭五一少三二三号・同四六三号・同四六六号・同一-六四五号 昭五一・四・二六決定)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は

第一 (第一〇九四号事件)

触法少年A(当一三年)と共謀のうえ、駐車中の自動車内から金品を窃取しようと考え、昭和五〇年八月二六日午後八時三〇分頃、茨城県日立市○○町×丁目×番所在の空地において、同所に駐車してあつた○竹○康所有の普通乗用車運転席のドアーをあけ、上半身を乗り入れて同車内を物色したが、同人に発見されたため逃走して、その目的を遂げず

第二 (第三二三号事件)

(1) 昭和五一年二月一九日午後四時頃、日立市○○町地内○○線○○○踏切付近路上において、少年から因縁をつけられていた学友○藤○宣をかばつた中学二年生○吉○幸(当一四年)に対し、「ふざけんじやあねえ」と因縁をつけ、同所において同人の左耳部及び左股部を右手拳及び右足で殴打、足蹴りし、よつて前記○吉に対し全治四日間を要する左急性外耳道炎の傷害を負わせ

(2) 前同月中旬の午後一時一〇分頃、同市○○町×丁目×番×号同市立○○中学校二年五組教室のベランダにおいて、同校二年生○中○雄(当一四年)に対し、「ケツの穴に手を入れてやる」と因縁をつけたが、断わられるや同所において、右手拳、右足で同人の顔面及び腹部を三〇回位にわたり殴打し、足蹴りする等して、もつて暴行を加え

(3) 前同月二五日午前一一時二五分頃、同校二年三組教室のベランダにおいて、同校二年生○井○美(当一四年)に対し、「俺がバイクに二人乗りをしてつかまつたのを友達に言いふらしたつぺ」と因縁をつけ、同所において「悪かつた」とあやまる同人の両足及び腹部を右足で蹴飛ばす等して、もつて暴行を加え

第三 (第四六三号事件)

同年三月一八日午後五時一〇分頃、同市○○町○丁目○番○号○林○明方玄関前に駐車してあつた普通貨物自動車内から、同人所有の現金二二、〇〇〇円を窃取し

第四 (第四六六号事件)

一 (1) B(当一五年)と共謀のうえ、昭和五〇年八月下旬の午後一時頃日立市○○町地内○○線踏切り付近に駐車してあつた普通乗用車内から、被害者不詳のアサヒペンタックスカメラ一台(時価二万円相当)を窃取し

(2) C(当一六年)、前記Bと共謀のうえ、同年八月下旬の午後九時頃、同市○○町×丁目×番××号○田○方前路上に駐車中の普通乗用車内から、○井○美所有のカーステレオパック六本(時価合計三、〇〇〇円相当)他車検証一通を窃取し

(3) ○田○夫(当一六年)と共謀のうえ、同年一〇月一八日午後一時三〇分頃、同市○○町×の×所在の飲食店「○○」方において、○山○子所有の現金三、一〇〇円位在中のセカンドバック一個(時価四、〇〇〇円相当)及び同人名義の自動車運転免許証一通を窃取し

二 (1) 昭和五〇年一一月六日午後三時四〇分頃、日立市○○町×丁目×番所在○○電鉄ストアー裏側路上において、下校中の中学二年生○原○昌(当一四歳)に対し、「俺を以前に学校内で蹴飛ばしたことがあつぺ、今度はそう甘くはねいど、金を出せ」等と申し向け、もしこの要求に応じなければ、その身体にどのような危害を加えるかも知れないような気勢を示して脅迫し、その旨畏怖した同人からその場において現金一一、〇〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(2) 同年六月中旬の午前八時頃、前記○○中学校給食室において、同校一年生○井○男(当一三年)に対し、「お前ごとよく知つているから、上級生にお前だけは殴ぐられないように話しておいた、明日一、〇〇〇円持つてこう」等と申し向け、前同様の気勢を示して脅迫し、よつて翌日午前八時頃同校教室内において、その旨畏怖した同人から現金一、〇〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(3) 同年六月中旬の午前七時四〇分頃同校昇降口において、前記○井に対し「お前明日も一、〇〇〇円持つてこう、持つてこないとどうなつか判つてんな」等と申し向け、前同様の気勢を示して脅迫し、よつて翌日午前七時四〇分頃、同昇降口において、その旨畏怖した同人から現金一、〇〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(4) 同年六月中旬の午前七時四〇分頃、前記昇降口において、前記○井に対し「お前明日もできるだけ金持つてこう」等と申し向け、前同様の気勢を示して脅迫し、よつて翌日午前七時四〇分頃同校屋上において、その旨畏怖した同人から現金一、〇〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(5) 同年六月中旬の午前七時三〇分頃、前記昇降口において、前記○井に対し「お前明日できるだけ金持つてこう」等と申し向け、前同様の気勢を示して脅迫し、よつて翌日午前七時四〇分頃同昇降口において、その旨畏怖した同人から現金一、〇〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(6) 同年九月下旬の午前七時四〇分頃、同校便所内において、前記○井に対し「お前明日までにできるだけ金持つてこう」等と申し向け、前同様の気勢を示して脅迫し、よつて翌日午前七時四〇分頃前記昇降口において、その旨畏怖した同人から現金一、〇〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(7) 同年一一月四日午前七時四〇分頃、同校図書室において、前記○井に対し「今度は明日までに二万円持つてこう、持つてこなかつたら上級生にお前を殴ぐるよう云つてやる」等と申し向けて脅迫し、よつて同日午後零時四〇分頃同校便所内において、その旨畏怖した同人から現金四五〇円の交付を受けて、これを喝取し

(8) 前同月五日午前七時四〇分頃、同校使所内において、前記○井に対し「二万円の内いくらでもいいから持つているだけ出せ」等と申し向け、前同様の気勢を示して脅迫し、よつてその場において、その旨畏怖した同人から現金五〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(9) 前同月六日午前七時四〇分頃、同校便所内において、前記○井に対し、前同様の手段方法で脅迫し、よつてその場においてその旨畏怖した同人から現金七〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

(10) 昭和五〇年一〇月二五日午後二時五〇分頃、日立市○○町×丁目×番所在○○会館付近の駐車場において、前記○○中学二年生○田○樹(当一三年)に対し「この野郎、前みたいには甘くはないぞ、明日午前八時までに○○駅前に一万円持つてこう」と申し向け、その顔面を板やコーラの空缶で殴打する等して前同様脅迫し、よつてその旨畏怖させて現金一万円の交付方を約束せしめたが、同人において少年を避けていたためその目的を遂げず

(11) 同年一〇月下旬の午前八時頃、同市○○○町×丁目所在○○○団地内の空地において、前記○田に対し「俺を甘くみんじやねい、なんで約束破つた、今度は必ず持つてこい」と申し向け、その顔面をビールの空瓶で殴打する等して前同様脅迫し、よつてその旨畏怖させて金員の交付方を約束させたが、同人において少年を避けていたためその目的を遂げず

(12) 同年一一月二日午後零時頃、同市○○町×丁目××番所在○ル○マ洋品店裏側空地において、前記○田に対し「今度は二、〇〇〇円にしてやる、必ず持つてこい」等と申し向け、その背中、腹部を足蹴りする等して前同様脅迫し、その旨畏怖させて現金二、〇〇〇円の交付方を約束させたが、同人において少年を避けていたため、その目的を遂げず

(13) 同年一一月初旬の午前八時頃、前記○○○団地内の空地において、前記○田に対し「いつになつたら金持つてくんだ、甘くみんじやねい」と申し向け、その顔面、背中を殴打、足蹴りする等して前同様脅迫し、よつてその旨畏怖させて現金二、〇〇〇円の交付方を約束させたが、同人において少年を避けていたため、その目的を遂げず

(14) D(当一五年)と共謀のうえ、金品を喝取しようと考え、昭和五〇年一一月一三日午後一時頃、日立市○○町×丁目××番所在の新世界パチンコ店脇路上において、通行中の中学二年生○木○、同○田○、同○戸○行(各当一四年)の三名に対し「金を出せ、出さないと血を見つと、暴走族に声をかければ一〇〇〇人位はすぐ集るんだ等と申し向け、前同様の気勢を示して脅迫し、よつてその場において、その旨畏怖した同人らより合計現金七、三五〇円の交付を受けて、これを喝取し

(15) 前記Dと共謀のうえ金員を喝取しようと考え、同市○○町×丁目××番所在たちばな文具店内において、中学二年生○口○之(当一四年)に対し「映画を見るのに金が足りねえから三〇〇円貸せ」等と申し向け前同様の気勢を示して脅迫し、よつてその場において、その旨畏怖した同人から現金三〇〇円の交付を受けて、これを喝取し

第五 (第一-六四五号事件)

公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五一年二月二一日午前一一時四〇分頃、日立市○○町××××番地先道路上において、所定の乗車人員一名こえた二人乗りで原動機付自転車(一種)を運転したものである。

(適条)

第一    窃盗未遂   刑法第二三五条、第二四三条、第六〇条

第二の(1)  傷害     刑法第二〇四条

(2)、(3) 暴行     刑法第二〇八条

第三    窃盗     刑法第二三五条

第四の1  窃盗     各刑法第二三五条、第六〇条

2  恐喝、同未遂 各刑法第二四九条第一項(更に未遂の点につき第二五〇条、共犯の点につき第六〇条)

第五    道路交通法違反

無免許運転 道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号

定員外乗車 同法第五七条第一項、第一二〇条第一項第一〇号の二、同法施行令第二三条第一号

(処遇)

一 少年は、現在中学三年生であつて、いまだ家庭裁判所の保護処分に付された経歴はないが、小学校六年生当時から窃盗等同種の非行を反覆していたほか、その後も怠学、不良交遊、家出放浪するなど勝手気儘な振舞いに出ていた。そのためかねて警察の補導や児童相談所の指導援助のもとにあつたものの、問題行動が絶えず、その経過成績はまことに不良というほかはない。

二 資質的には、内攻抑圧傾向が濃く見られ、過感的でひがみ易い。また多分に自己中心的で抑制力に欠け、しかも支配的爆発的で責任感や節度もない等その非行親和性は固着しているものと思料される。すなわち少年の本件非行は、専ら遊びの金目当てから出たものであるが、その行態からみると、かなり執拗かつ多面的であつて、既に享楽本位の不健全な生活が身につき、悪環境にも馴じんでおり、これをその若令にあり勝ちな単なる遊び型非行として軽視し去るには忍び難いものがあるといえよう。

三 少年の父は、多少酒乱気味であるうえ、極めて固執独善的で対人不信感が強く、少年に対する監護教育についても母との協調を欠き、他方母は父に随従するのみの如くである。家庭は経済的にはともかくとして、心情的安定の場となつておらず、審判廷においても父母の積極的な保護意欲は失われているのか、感情的に困惑しているのみで、能動的あるいは建設的な発言は得られなかつた。

四 かようにして、本件非行はかなり悪質大胆であるうえ、少年には著しい性格偏倚があり、今日一家を挙げてショックを受け、それなりに内省していることは窺えるものの、現実には少年の受入れ態勢も全く定まらぬなど、到底家庭的保護能力は期待し難い。もつとも少年がまだ未熟で可塑性に富む者であることは明らかであるが、日頃まじめさに欠け、反発するか聞き流して顧りみない性向にあることなどを考えると、少年は児童福祉機関、学校を始めとする社会資源による保護指導の域をこえたものというべく、他方学令にあつて通学の必要があること、不良交友との絶縁、家庭調整の必要性等を考慮するときは、補導委託を含む在宅保護や保護観察処分に親しみにくく、ないしはうまく手続に乗つても、これによつては少年に一連の非行の原因を自覚更生させることは極めて至難のことといわざるを得ない。

以上の次第で、少年に対しては、少なからず危惧せられるべき予後その他叙上諸般の事情(その詳細は少年調査記録参照)をあわせ考え、この際これを初等少年院に収容し適正強力な矯正教育と生活訓練を通じて、犯罪的危険性を除去するとともに、自主的更生を助長して、健全な社会適応を得させるのが適当であると考えられる。

よつて、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 中橋正夫)

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